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第三回実践体験会 「幻の真慈悲寺を追う」講演会が開かれました。

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 12月9日(日)10時から広場事務所会議室で第三回実践体験会 「-日野の歴史探訪- 特別展示「幻の真慈悲寺を追う」に因んで」が開かれました。

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 講師は当会会員で、「真慈悲寺調査の会」会員でもある高野壽一さんです。

 実際に、過去一年余り、調査研究や発掘に携わった経験に基づく、講師の熱のこもった講演には迫力がありました。
 講演のあとは特別展示「幻の真慈悲寺を追う」が行われている「新選組のふるさと歴史館」に移動して展示見学です。

 

真慈悲寺2.JPG
 話を聞いた直後の展示会見学は、理解し易いと好評でした。
 地元、日野市に、このような歴史遺産が眠っているのは新鮮な驚きでした。是非、大切にして後世に伝えていきたいものです。

 下記は、当日配布された資料の一部です。

第三回実践体験講座[幻の真慈悲寺を追う].pdf

コメント(1)

yumejitsugen :

◎配布資料の訂正
 上記配付資料「第三回実践体験講座[幻の真慈悲寺を追う].pdf」に誤記がありましたので訂正します。
 訂正箇所;引用文【吾妻鏡 五月八日条】
 誤)”……前右泉進仲業奉行之云々…”
 正)”……前右京進仲業奉行之云々…”
補足)
 「右京進仲業」とは「中原仲業」のことで、守護制度を献策したと言われる鎌倉幕府重鎮、大江広元(おおえのひろもと)と姻戚関係にある中原氏の一族と考えられます。
 室町期の足利氏満御教書(1379年)に、宇都宮氏の所領である“吉冨”を氏満が没収した記述があり、足利氏寄進状(1383年)には、氏満が“吉冨”を鶴岡八幡宮寺に寄進したとの記述が見えます。
 宇都宮氏は中原氏からの分かれといわれていますが、どういう経緯で、いつから“吉冨”が宇都宮氏の所領になったか不明です。
*百草地域と鶴岡八幡宮の関係は詳しくわかっていませんが、少なくとも天正年間(1573~1592)までは何らかの関係があった事が伺える古記録があります。

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